Neverland

ミリーナ(ゲフィオン)とカーリャ(ネヴァン)の過去捏造です。捏造大丈夫な方向け。カーリャが成体になって数日の話。


「図書館に行こうと思うんだけど、カーリャもくる?」

 寝起きのはっきりしない頭で、反射的に「はい」と返事をした記憶がある。鏡精はマスターからあまり離れることができない。ミリーナが律儀に声をかけてくれるのは、鏡精ではなく『カーリャ』として接してくれているからだと思っている。

 上着に袖を通して、胸元のリボンを結ぼうと姿見の前に立ったものの、まだぎこちない指使いではうまくできなくて。

 それに気づいたミリーナがあっという間にしゅるしゅるとリボンを結んでくれた。


***


 朝食を食べた後、二人で図書館へ向かった。

 膨大な書物の中から本を選んで席へ戻ると、窓際の淡い光が差し込む場所で、ミリーナがすでに本を読み始めていた。机には分厚い本が何冊も積み上げられている。これから全部読むつもりなのだろうか。カーリャの手元の本は比べ物にならないくらい薄い。

 ミリーナの隣に座り、ふと、彼女に目を向ける。

 ミリーナは真剣な表情で文字を目で追っていて、カーリャが戻ったことにも気づいていないようだった。

 真っ直ぐな背中から伸びた細い腕の先、白い指が一定のリズムでページを捲る。よく見れば呼吸しているけれど、街で見かけたオルゴール人形を彷彿とさせた。ぜんまいが切れるまで、同じ動作を繰り返す。

 薄い化粧の下に隠しきれない疲労の色が見える。少し痩せた気がする。自分が成体になったことで、負担になっているのではないか。そんなことを考えながら、しばらく彼女の横顔を眺めていた。

「どうかした?」

 急にミリーナがこちらを向いた。驚いたカーリャは小さく声をあげて、その弾みで本が床に落ちる。

「す、すみません!」

 なんという失態だ。不審に思われて当然の行為である。だからといって、横顔が綺麗で見惚れていたなんて言えるだろうか。第一恥ずかしすぎる。

 落ちた本に手を伸ばして、頭では必死に言い訳を考え始める。

「何でもないんです! 邪魔をしてすみません」

 言葉とは裏腹に、声は焦りを含んでいた。

(小さかった頃は、何でも言えたのに)

 身体が大きくなっただけだと、何度も自分に言い聞かせた。でも、この数日でカーリャの中で何かが確実に変わった。

 ミリーナとの距離感が掴めない。

 今までどう接していたのかわからない。

 これが大人になるということなのだろうか。成体は、人間で言う『大人』とは必ずしも一致しないとカーリャは考えている。

 だって、成体になることが大人になることとイコールだとしたら、マークの方が先に大人になったことになってしまう。それは先輩として面白くない。

 ではこの状態は何なのかと聞かれても、カーリャにはまったくわからなかった。

「大丈夫? 何か困ってることがあるなら言ってほしいの。私が力になるわ」

 そう言うミリーナの顔はとても心配そうで、カーリャに追い打ちをかけた。

「ありがとうございます。だめですね、ミリーナ様に心配をかけるなんて。あの……聞いて、くれますか」

 ただでさえ、成体になったばかりで心配をかけている自覚があった。今朝のリボンだってそうだ。基本的な動作には問題ないけれど、ああいう細かいことを行うにはまだ不安がある。自分の身体なのに他人の身体のような、馴染んでいない不思議な感覚が残っている。

 経過観察という名目で彼女が休みを取ったことも知っている。なら尚更どんなことも話すべきだ。そう結論づけて、一息吐いた。

「正直に言います。どうか笑わないでください。ミリーナ様が、き、綺麗だと思って……つい」

 心臓が煩い。

 実際ミリーナは綺麗だ。他の鏡士から声をかけられているのを見かけたこともある。だから嘘ではない。

 上手い言い訳ができるほど器用ではない自覚はあって、告白じみた発言を思い出し、みるみる頬が熱くなるのを感じる。

 極めつけはミリーナの顔だ。完全に可愛い子を愛でる顔になっている。最近はすっかり落ち着いたと思っていたけれど、どうやら健在だったらしい。

 恥ずかしくてたまらない。

 逃げ出すこともできない。

 唯一許されたのは、持ってきた本で顔を隠すことだけ。

「い、今言ったことは全部、忘れてください……」

「忘れないわ。照れてるカーリャも可愛い」

 ありがとう、とミリーナはいつもの声音で言った。

 自分だけがいつも通りではないという思い強くなり、消えてしまいたい気持ちになった。かつての褒め言葉は、ただひたすらカーリャを焦らせる。こんな子どものままでは、彼女の隣に並ぶことはできない。

「可愛いは、恥ずかしいです。私はもう子どもではないので」

「そうよね。じゃあ、私が大人になれるおまじないをしてあげる」

 言葉の意味を尋ねる前に、ミリーナはそっとカーリャへ手を伸ばした。少しひんやりとした指が頬に触れ、顔にかかる髪をすくって、撫でるような手付きで耳に触れる。髪を耳にかけられているのだとぼんやり思った。

 その感覚に、触れられる音に、目を瞑りそうになる。

「カーリャ。私を見て」

 少し広くなった視界の先で、ミリーナがこぼれ落ちてきていた髪を耳にかける。金色の髪が彼女の耳に合わせて曲線を描き、ふわりと揺れた。

「こうするとね、ちょっと大人っぽいかも。私とお揃いよ。ふふ、カーリャの可愛い顔がよく見えるわ」

 ああ、なんということだ。

 気づかれていたなんて。

 私がミリーナ様の癖を、たまにこっそり真似していたこと。

 ーー髪を耳にかけるその仕草が好きなことを。

「……ミリーナ様、知っていたんですね?」

「何のことかしら?」

 はぐらかすミリーナに、知りません、と答えたのはせめてもの抵抗で、顔も逸らしたくなったけれど、幼体の頃の自分と同じ行動に気づいてやめた。

 代わりに、本を枕に机に突っ伏した。こんな顔を見られたくなかった。きっと酷い顔をしている。反動で短くなった髪がさらさらと滑り落ちてきた。

 髪を切ったのは、けじめのつもりだった。子どもから大人になる儀式のようなもの。

 小さかった頃、長かった髪を梳いてもらうのが好きだった。もったいないと言いつつ、ミリーナはカーリャの髪を切ってくれた。彼女の手で新しい自分になれるみたいで嬉しかった。

 あの時と同じように、昔と変わらない手つきでミリーナはカーリャの頭を撫でている。

「ねえ、カーリャ。姿が変わっても、あなたは私の可愛いカーリャのままよ」

 機嫌を直して、と甘い声で諭されて、すっかり丸め込まれてしまった。

 大人になろうと、見た目に適した振る舞いをしなければと焦っていた。そうしないと、ミリーナの隣に並べない。周りに認めてもらえない。

 でも、ミリーナは今まで通りでいいと言う。カーリャにとって、ミリーナの言葉は何よりも優先すべきもの。ミリーナがいいと言えば、周りなんて関係ない。単純な話だ。

 だから、もう暫く小さい自分も胸の中に住まわせておくことにする。

 頭を撫でられるなんて、完全に子ども扱いだけれど、嬉しさと安心感とあと何か別のものがあって、機嫌なんてとっくに直っていた。


この話を書いたのは、ネヴァンの「私のミリーナ様」という呼び方が好きで、ならミリーナにもそう呼んでもらいたいと思ったからでした。

「私の」ってすごい……いい。二人目のミリーナと分けるためにそう言ってるんだと思いますが、これ以上に最適な呼び方ないですね。ゲフィオンはゲフィオンだけど、ネヴァンにとってはミリーナなので。

そう!名前がとってもややこしい……私の中ではちゃんと分けてるつもりですが、読んでる方に伝わってるのかいつもわかりません。過去話ではネヴァンもカーリャなので。同じ名前の違う存在が何人も存在するレイズ、名前問題が大変です。

成体になってすぐのつもりだったので、色々と捏造設定を盛りだくさん入れてしまいました。ちょっと反省(情報量が多い)マークがカーリャより先に成体になったことに関しては、完全に私の趣味です。でもマークの方が先の気がします。フィルの力がすごいので。

書けないなりに四苦八苦して書いた感がにじみ出てる気がしますが、目を瞑りましょう…日々精進です。

(プライベッター転載、あとがきはここのみ)


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