冬を染める

アンタークとフォスの話。二人が日常業務しながらお話してるだけ。

 雪はすべてを白に塗り替えていく。降り積もれば積もるほど、世界から音を奪う。

 流氷の声が聞こえない間、聞こえるのは自分が発する音だけ。先生とは常に一緒にいるわけではない。

 耳が痛くなるほど静かなもの、それがアンタークチサイトの知る世界だった。



「アンターク!」

「おーい」

「アンタークってば」

「どうした」


 廊下に降り積もった雪を掻き出す腕を止めて、アンタークは振り返った。二回呼ばれてやっと気づいた。ざく、と大きめの音が響いてスコップが雪に刺さる。

 同じスコップをやけに重そうに持っているフォスフォフィライトは不満げに声を上げた。


「もー呼んでも返事してくれないとかひどくない? いくら僕が使えないからって」

「悪かった。その、少し考え事をしていた」

「考えごと? へー。どんな?」


 面白いものを見るような目で、フォスがぐっと距離を詰めてくる。無意識に半歩引いてアンタークは目を逸らした。

 まともに話したのは十日ほど前だと言うのに、アンタークより半硬度上の末っ子は、昔から知っている仲のように絡んでくる。


「ねーねー教えてよ! きみと僕の仲じゃない」

「私の知っているおまえの大半は、眠ってるか寝ぼけてるかのどちらかだ」

「やだー。アンタークちんのえっち」

「……どうしてそうなる」


 用がないなら仕事にもどれ、と言い放ち、アンタークは再びスコップに手をかけた。

 雪を片付ける間も、外では飽きることなく雪が降り積もっている。仕事場はここだけではない。流氷だって割りに行かなければならない。

 だというのに、フォスは隙を見てはすぐ休もうとするし、黙っていることができないのかと思うくらい口を動かす。

 お陰で冬特有の静寂を感じるのは寝るときくらいだ。

 夏に比べて光が薄い分、体力を温存した方がいいのに。彼にはそういった発想がないらしい。冬の仕事はいかに効率よくこなすかが重要だと、まだフォスには話していなかった。夜にでも話せばいいか、とアンタークはスコップに雪をのせた。


「あー待って待って。仕事の報告! あっちの雪かき、終わったよ」

「そうか」

「休憩していい?」

「だめだ。まだ全然終わっていない」

「えーうそだあ」


 フォスに任せたのは、仕事の出来具合を把握するための仕事だった。フォスが自慢げに終わったと主張した場所は、廊下の一部分にすぎない。歩数にすれば十歩、といったところの範囲が終わっただけで、彼は大げさにへたり込んでいる。

 アンタークが先生に報告した通り、初めての冬を過ごすにしてはフォスはよくついてきている。大量の弱音を吐くお喋りな口はだいぶ厄介で、冬眠中のほかの宝石たちの苦労が容易に想像できた。

 でも少し――と考えて、思考を止めた。


「ここはおまえに任せる。私は反対側から雪を片付ける……サボればすぐわかるからな」

「へーい」


 よっこいしょ、とフォスが立ち上がる音を背に、アンタークは靴が埋まるくらい降り積もった雪の上を歩き始めた。廊下の先はそんなに遠くない。二人でなら、半刻くらいで片付くはずだ。

 スタート地点に着く。

 自分がつけた足跡の先で、冬にはない色がちらちら揺れていた。あれは春の色だと先生が教えてくれた。白い陸を埋め尽くす若草の色だと。

 アンタークの知らない季節の色だった。


「アンターク」

「なんだ」


 普通に話しても声が届くくらいまで来た時、フォスがまたアンタークを呼んだ。幼さが残る顔に、無邪気な笑顔を浮かべて。また弱音でも吐かれると思った予想は見事に外れた。


「ふたりでやると早いね」

「ああ。そうだな」


 ふたり、と口の中で反芻する。今までも二人だったじゃないか。

 先生とふたり。ここにいるのはフォスで、先生じゃない。

 先生が毎年、申し訳なさそうに口にする「一人では寂しいだろう」にフォスが追加されて、二人になったということ。

 つまり、フォスの気まぐれで、今年は『誰かと』冬を過ごせる訳で――


「アンタークちん、大丈夫? さっきから少し変だよ。どうかした? 疲れた? 先生が恋しい?」

「おまえじゃあるまいし……なんでもない。ほら、動かすのは口よりも手だ。何度も言ってるだろ」

「むー。ほんとうはアンタークちんだって僕とおしゃべりしたいくせに」

「名前の後ろに変なものをつけるな」

「はいはい、アンターク〜」

「余程雪に埋められたいようだな」

「さー! 日常業務、がんばろー!」


 ざくざく、とリズムよく雪を削る音を聞きながら、アンタークも雪にスコップをつっこんだ。

 真っ白だった冬で見つけた色は、うるさくて、手緩くて、でも太陽のように明るくて、時々うっとうしい。

 定期的に吐かれる弱音と泣き言に、今度はどう返してやろうか、なんて考えていることに気づき、アンタークはフォスに背を向けた。

 こんなにも、隣にフォスがいることが当たり前になっている。


「ねえ、アンターク。冬も、いいね」


(言えるわけない。先生以外にこんなにも名前を呼ばれたのは、初めてだなんて)




これを書いたのは、ちょうど8話の放送が終わった頃だったと思います。展開を知っていても、何度も見るのはしんどい。それがアンタークの話……

悲しいだけじゃなくて、なんか楽しい思い出だってあったでしょ、という思いから捏造しました。

アンタークにとってフォスと過ごす初めての冬、フォスにとっても初めての冬。楽しくて暖かい思い出で満たされてほしかったのです。

単調な日常業務の風景の中に、きらっとしたものがあったはず。それを考えるのが楽しくて切なかったですね。それも20日程度しかない。

私は比較的雪が降る地方の出身なので、冬の景色を思い出して書いてみました。ほんと白いんですよね、世界が。あと灰色。でも晴れると白と青のコントラストが凄まじく綺麗。雪は積もると音を吸うので、驚くほど夜が静かです。というか無音。

その白の世界に、薄荷色がいる。それだけでアンタークの知る世界は変わったんじゃないかなと。

個人的に、フォスの色は春の色って表現が気に入っています。アンタークの憧れの春の色だったらいいな〜とか思ってました。夢見すぎです。笑

フォスとアンタークの会話はすごく書きやすくて、自然と会話が湧いてきてとても楽しかったです。

きっとアンタークは名前を呼ばれることがそんなになかったんじゃないでしょうか。そのほとんどが先生。冬眠から起きたほかの宝石たちが名前を口にしても、彼はわからない。だからこの冬で、フォスが一番アンタークの名前を呼んだことになっていたらいいな…と書き残しておきます。

(pixivにも掲載していますが、このあとがき的なものはありません)

Jewelry Box

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