Once in 100 years
フォスとユークとジェード。冬眠の前くらい。過去捏造注意。
「自分で言うのもあれなんだけど、ユークは僕の扱いうまいよね。……なんで」
ことん、とペンを置く音が会議室に響く。ユークレースはふうっと息を吐いた。集中し張りつめていた顔が緩んで、柔和な笑みがフォスフォフィライトに向けられる。仕事の邪魔をするフォスにも彼は優しかった。
「そうかな。僕はダイヤの方が上手いと思うけど」
「またまた〜けんそんだよ!」
「フォス、意味わかって言ってる?」
昼過ぎの会議室。午前中は月人襲来の鐘が鳴ることもなく、穏やかな午後が始まった。
広い空間にはユークとフォスの二人だけ。フォスがテーブルに突っ伏したまま、顔だけをユークに向けている。その顔からは疲労感が滲み出ている。
つい先程までジェードがフォスを叱りつけていたせいだ。ユークは時々フォローを入れつつも、ほとんどをジェードに任せて資料の整理をしていた。
フォスは同じ件でルチルにも怒られているので、心底うんざりしている様子。一応、反省もしているらしい。
何をやらかしたのかまでは聞いていなかったけれど、何となく想像できるくらいにこの光景は見慣れたものだった。
「もうさー、ユークが議長でいいと思う! 可愛いし、優しいし。頭いいし、真面目だし。口うるさくないし! なんなら僕から先生に言ってあげるよ」
「褒めてくれてありがとう。とても嬉しいけどね、フォス。ジェードのこと、あまりいじめないであげてね」
書類を整えつつ、ユークは諭すように言葉を紡ぐ。末っ子の彼に、皆なんだかんだで甘い。そういう自分自身も甘い部類に入ると思う。優しいのではなくて、ただ言って聞かせる方が得意なだけ。ジェードは立場上フォスをよく叱りつけているけれど。その多くが砕けやすい彼のことを心配しているからだと、ユークは知っている。もちろん事を未然に防ぐためなのも。
フォスだってちゃんと理解しているはずだ。だからあんなことを言うのも彼のコミュニケーションの一つなんだろうけれど、フォスに忘れられた時のジェードの落ち込み具合が目に浮かんでつい口を出してしまっていた。
「僕はジェードみたいに皆をまとめられないし、書記の方が合ってると思う。それにほら、彼は真面目すぎるところがあるでしょう? 代わってあげることはできないけど、支えることはできると思うから」
「うわあ……なんか今なんとも言えない気持ちになった。ダイヤの話を聞いてるみたい」
「やだ、フォスが変なこと言うから。でもきっといつか、フォスにもわかる時がくるよ。この話、皆には内緒にしてね。もと学者さんの口は堅いかしら?」
「もとだけど任せなさい! あー僕そろそろ戻るわー。じゃね」
逃げるように会議室を出ていくフォスの足音が遠のくと、会議室は再び静寂に包まれた。
先ほどから揺れ動く気配に、ユークは彼が逃げた理由を察した。声をかける前に、見慣れた翡翠色が申し訳なさそうに顔を覗かせる。
「……盗み聞きしていたの?」
「すまない。タイミングが悪くて」
「そんな顔しないで。本、見つかった?」
「なんとか」
コツコツと靴を鳴らして、ジェードはテーブルに抱えていた書物を下した。舞った埃が光を反射してキラキラ光る。
お疲れ様、と労いをかけると彼は微かに笑ってみせた。
最近の月人の傾向、そしてフォスの見張り組への不定期参加が決まって作戦やシフトの見直しが必要になった。ジェードが参考になりそうな本を探しに図書室へ向かったのは少し前のことだった。
どの棚から引っ張り出してきたのかしら。そう思うほど、本はボロボロでくたびれていた。虫干しはたまにゴーストがやっているのを見たことがあるけれど、修復も必要かもしれない。
乱雑に置かれた本の埃をジェードが1冊ずつ払い、ユーク側から表題が見えるように置きなおしていく。
「使えそうなものを何冊か持ってきた。もっとも、読んでみないことにはわからない」
「そうね。なら、手分けして読みましょうか」
「頼む」
特に選ぶ訳でもなく、目の前に置かれた本にユークは手を伸ばした。一際分厚くて、図鑑のように見えた。凝った装丁に既視感がちらつき、表紙を開こうとした手が一瞬止まった。
ああ、懐かしい。昔――この本がまだ新品のように美しかった頃に、ジェードと読んだことがある本だ。
ユークはそっと表紙を撫でる。彼はわかってこの本を持ってきたのだろうか。いや、そうとは限らない。紙が朽ちてしまうほど昔のことだから。
まるで思い出を差し出されたような気分だった。自分と彼しか知らない古い記憶。きっかけがなければ思い出さないような、日常の一部。ある時間からどこを切り取ってもユークの隣にはジェードがいる。
ふと顔をあげると、難しそうな顔で本に目を通すジェードがいた。きっと彼の得意分野ではない。そっと本を閉じて違う本を選んでも、文句なんて言わないのに。
「本当はあなたになら聞かれても良かったの」
「……さっきフォスと話していたことか」
「うん。ただ、人伝に聞かれるのが嫌だっただけ。……たまには言っておこうかな。僕はジェードの隣、誰にも譲る気はないよ」
それは、どんなことがあっても守るという誓いだ。彼のほうが強いことはよく知っている。戦うこと以外でも彼を守る手段は心得ている。例えばさっきフォスをたしなめたように。
ジェードは特に驚くわけでもなく、珍しく片肘をついてユークを見つめた。その姿は少しルチルに似ている。そう言ったら彼は怒るだろうから敢えて口にはしなかった。
「ああ。おまえが私の隣にいてくれないと困る」
「それはジェードが議長で、僕が書記だから?」
「パートナーだからだ」
肩にジェードの手が触れる。音はしない。重くもなく軽くもない。
いつしか彼は力加減がうまくなった。というか最初からそうだった。壊れ物を扱うような手つきではなく、ごく普通に触れているように見えて細心の注意を払ってくれる。
割れにくい彼と、割れやすい自分。ジェードはその違いを忘れさせてくれる。
彼を守るためなら砕かれてもいい。
いつか聞いたダイヤの言葉が忘れられない。狂気めいた言葉は、年々ユークにも染み渡っていく。
「ユークレース」
黙ったままのユークを不思議に思ったのか、肩に触れる手の重みが少し増した。
「ごめんなさい。ジェードを試すようなこと、しちゃった」
「いや、いいんだ。それよりユークレースの答えをまだ聞いていないんだが」
「もうジェードったら。そうね、ごうかくよ」
「当たり前だ」
嬉しそうな声はユークの耳元近くで聞こえた。
いけないひとだ。わかっていて応えてしまう自分も、いけないひと。パートナーの特権として見逃してくれないかしら。
黒い布に包まれた手に、自らの手を重ねる。手袋の感触がひどくもどかしかった。
「100年ぶりに聞いてみてよかった」
「100年後にまた聞いてくれ」
「そうね。きっと答えは変わらないけれど」
もう少しそうしていたかったのに、ユークの指はするすると絡め取られてしまった。
ほんとうにこまったひとだ。
カタツムリ騒動の時から、議長と書記さんが気になっていました。その辺のシーン、コミックを隅々まで見て悶てました。笑 ひとコマだけ、ジェードが手袋をはめてユークを庇うように立ってる絵があるのですが、あれはわざわざはめたんでしょうか。たまたま……?あるいは影??
ジェードがユークを庇うのも、池から引き上げてやるところも良いです……すごく自然すぎる流れで、スルーしてた自分がおかしい。あのシーン(池に潜ってフォスの欠片を拾うところ)、ボルツはダイヤ以外を指名してるのがまた……!腕取れちゃってるの気を遣ってくれたのね…
脱線しました。
今日がパートナーになった記念日みたいな裏設定で書きました。そういうのユーク全部覚えてそうだなと。誰が生まれてから何年とか覚えてるらしいし。宝石たちは不老不死で時間の概念が薄そうだなと思ったのと、毎年はないなと個人的に思って、100年に一度ということに。
ジェードとユークはどちらかというと熟年夫婦感があるような気がします。言わなくてもわかる。逆にボルツとダイヤは言わなくてもわかる(お互いにひどい勘違い)と捉えています。なかなか関係が難しい。言葉にしないとわからないこともある。きっともうそばにいるのが当たり前なんだろうな。
この二人の活躍が今後も見れるといいなあと思いつつ。
(pixivにも掲載していますが、このあとがき的なものはありません)
追記:タイトルを「ひゃくねんにいちど」から変えました。ちょっとイメージと合わなかったので…
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