Call me my name

ダイヤモンドとボルツの話。イエローもちょっと。コミック2巻あたりの話(多分)

 曇りの日はなんだか元気が出ない。そう体内のインクルージョンが訴えてくる。

 空が低い。重たそうな雲が天上を埋め尽くしていく。

 明日の月人出現率は極めて低い、と昨日帰り際にジェードが言っていたっけ。多分、雨が降ると。詳細は朝礼に出てみないとわからない。

 暗い空の下、ダイヤモンドが剣を吊って部屋を出ると、しとしとと雨が降り始めていた。


 ダイヤモンドはしゃがみこんで池を眺めていた。海月が跳ねるような音を立て、空から雫が絶え間なく降り注ぐ。落ちる度に波紋が広がっては消えていく。その繰り返し。

 ボルツはどこに行ってしまったのかしら。朝礼後、レッドベリルに捕まって、開放されたと思ったらボルツはいなくなっていた。なんとなく待ち合わせ場所になっているこの場所にきてみたけれど、彼の姿はない。この雨の中、一人で見回りに行ってしまったのかもれない。


「また置いていかれたんだわ……」


 身体が砕かれてばらばらになってしまいそうな感覚に、思わずぎゅっと膝を抱え込む。

 どうして待っていてくれないんだろう。せめて、声くらいかけてくれてもいいのに。なんて、考えても仕方がないことが頭を巡るので、拒むように目を閉じた。

 名前のない感情は、たやすくダイヤモンドを包んでしまう。いっそ身体ごと隠してくれればいいのに、この身体はどこにいても光を捕まえて存在を主張する。それが嫌なのではなくて、たまに誰にも見えなくなってしまえばいいのにと思うことがあった。


「ダイヤ」

「おにいさま!」


 薄暗い校内に光が溢れた。ダイヤモンドは立ち上がり、声をかけてきたイエローダイヤモンドを捕まえて、甘えるように腕に抱きつく。

 彼は慣れた手つきでダイヤモンドの頭を撫でた。


「よしよし。雨宿り中?」

「そうなんです。でもボルツがいなくて。おにいさま、見かけませんでした?」

「いいや。先生のところに行って、いま戻ってきたところ。ボルツも困った弟だなあ」

「違うんです! ボルツは悪くないの。僕がだめなんです。彼を怒らせてばかりで……」


 確かに彼は生まれたときから物静かで、賑やかな性格でもなく、お喋りが上手な訳でもなかったけれど。

 でも月人との戦いに関しては誰よりも上手い。

 ダイヤモンドがボルツと組むようになってどれくらい経ったのか。わからないくらい一緒にいる。なのに、時が流れるほど関係は壊れていくようだった。戦わせてもらえなかったり、素っ気なくされたり。そんなことで彼のことを嫌いになったりしないけれど、こんな状態が続くとちょっと堪える。


「まだ何かあるの?」

「……おにいさま、聞いてくださる? 最近ボルツが名前を呼んでくれないの」


イエローは一瞬見開いた目を細めて声をあげて笑った。

その意図がわからず、ダイヤモンドは首を傾げる。何かおかしなことを言ったのかしら。とても真剣な悩み事なのに。


「ダイヤはボルツが可愛くてしかたないんだな。もちろんダイヤもとても可愛いよ」

「まあ、おにいさま。イエローおにいさまも、とても可愛くて素敵で尊敬していますわ」

「ありがとう。それじゃあ俺からとっておきのアドバイス。そんなに気になるなら、本人に聞いてみたらどう?」

「えっ?」


 イエローはすうっと腕を持ち上げ、ダイヤモンドの背後を指さした。まさかと思って振り返ると、とても怖い顔をしたボルツが立っていた。

 びくり、と肩が跳ねる。それを見てボルツはさらに顔を歪めた。


「やあ、ボルツ」

「ああ、ボルツ。違うのよ。あなたの悪口を言ってたわけじゃなくて、」

「そうそう。ダイヤは君に、名前で呼んでもらいたいんだって」

「おにいさまー!」


 慌てるダイヤモンドに、イエローはにこにこ笑うばかり。

 本人に聞けたらこうして相談しないし、悩んだりしない。

 イエローには適当なところもある、とルチルが話していたことを思い出す。長年生きているとそうなるらしい。


「呼んであげればいいじゃない。それで可愛いダイヤが喜ぶなら、ボルツだって嬉しいだろう? そういうことで、あとは二人に任せる」

「ええーっ、おにいさま行ってしまわれるの?」

「残念だけど見回りの時間。雨、上がったし行かないと。これ以上、ジルコンを待たせたら可愛そうだ」


 いつの間にか雨はどこかへいってしまっていた。晴れれば月人の出現率は上がる。

 陽光の中にイエローは消えていく。おにいさまは皆のものだから、決して独占することはできない。

 ――二人きりになってしまった。

 ボルツはさっきから一歩も動かないから、変に距離がある。

 ちょっと気まずい。

 最近は特に何を話したらいいのかわからなかった。

 昔はそんなことなかったのに。天気のこと、ほかの宝石たちと話したこと、全部ボルツに聞いてもらいたかった。やっぱりそういうのが嫌だったのかしら。

 ボルツの視線を感じる。

 ねえ、いま、何を考えているの。

 僕のこと、くだらないって思ってる?


「何をしている。僕たちも見回りに行くぞ」


 ボルツが外へ向かって歩き出す。靴音が徐々に遠くなり、比例するように焦りが大きくなっていく。早く追いかけなくては本当に置いていかれる。

 いつもそう。

 いつもいつも、ダイヤモンドはボルツの背中を追い続けている。


「待って!」


 大きな声が反響してさらに大きくなって、それにびっくりして、ダイヤモンドは顔を上げた。

 ボルツが足を止め、振り返っている。

 遠くで、ぴちゃん、と海月が跳ねた。我に返ってまず最初にボルツの近くまで走った。


「え、えっと、あのね! さっきのことは忘れて。あれは僕のワガママだから。ボルツのこと、困らせるつもりはなかったの」

「別に。僕にとってはどうでもいいことだ」


 そうよね、と口は言ったけれど、そうじゃないと言うように視線はずるずると落ちていく。自分がなにをしたいのかもはっきりわからないのに、ボルツの考えていることなんてわかるはずない。

 視界を詰め尽くすのは高貴な黒。

 彼を染める色は今日も美しい。ボルツ以上に黒が似合う子はいない。

 だって知らないでしょう?

 真っ黒な靴には同じ黒の飾りがついていて、とてもお洒落なの。ヒールは皆より少し高めで、きつすぎない上品な音を立てる。

 ボルツはとても眩しくて、ダイヤモンドは目を逸らして足元ばかり見ている。

 誰もが「ダイヤは眩しすぎる」と言うけれど、それは見た目の話。ダイヤモンドにはボルツが眩しくてたまらない。

 いちばん強い、自慢の弟。その光はダイヤモンドに影を落とす。

 嫌い、きらい、だいきらい。

 その言葉は時にダイヤモンドを埋め尽くしてしまう。

 でも本当は――


 だいすきなボルツのことをだいきらいになってしまう、僕がとってもきらいだ。


「はぁ……なんで先生は僕をダイヤモンドにしたんだろう。ボルツだって、イエローおにいさまだって、同じ『ダイヤモンド』なのに。ボルツもそう思わない?」

「思わん。ダイヤはおまえ一人で十分だ」

「それってどういう意味?」

「理由なんてない」


 嘘つき。

 ボルツが何も言わない分、ダイヤモンドがぐるぐると思考を巡らせる。

 でも結局、ボルツがそう言うならそうなのだろう、に思考は落ち着くのだ。ボルツはいつも正しい。選択が早く、間違えない。ダイヤモンドが一番知っている。


「この話はいつまで続くんだ」

「あ、ごめんなさい。僕ったらやっぱりだめね」


 変わろうとすればするほどうまくいかなくて、とても惨めな気持ちになる。

 すっごく変わることはまだ試していないけれど、きっとフォスのようには変われない。彼もまた特別。

 いてもいなくてもいい存在なんて虚しいだけなのに。

 必要とされたい、いてもいいんだって実感したい。

 ボルツの隣にいても、見劣りしない自分になりたい。

 胸の前で組んでいた手がキン、と音を立てる。ダイヤモンドのくせに、と責められているようで不快だった。


「余計なことは考えるな。いつも言ってるだろ。おまえを守るのも僕の仕事だ」


 あなたはいつもそう言ってくれるけれど、そうは思えないのよ。


 なんて。

 守られてばかりいる身でとても口にできることではない。

 一方通行な気持ちや言えない言葉はダイヤモンドの中でぐるぐると渦を巻く。それ以上にボルツに対する愛しさは変わらずこみ上げてくる。

 溺れて、動けなくなって、砕けてしまいそう。死なないはずなのに。

 ただ気持ちの切り替えがうまくできないだけだと、ずっと自分に言い聞かせてきた。

 それもイエローのように時を重ねれば、できるようになるのだろうか。

 先生がシンシャを夜に閉じ込めておくことしかできないように、いい案が見つかるまで待つしかないのだろうか。


「おとなしく、僕に守られていろ。また腕を砕かれたら面白くない」

「もう。ボルツは過保護すぎよ。……でも嬉しい。ボルツに名前で呼んでもらうの、久しぶり。ねえ、もう一回呼んで?」

「断る」

「あーん、つれないのね」


足の早いボルツはあっという間に学校から出て、草の上に降り立った。

ふわっと風が吹いてボルツの髪をさらっていく。黒は太陽の光を跳ね返すように、きらりと光った。


「いくぞ、ダイヤ」

「……! うん。今日も頑張ろうね、ボルツ」


ダイヤモンドは地面を蹴った。

もう少しだけ、頑張れる気がした。



名前を呼んで、僕が「ダイヤモンド」なんだと言い聞かせて




なにこの二人やばい、って思って勢いだけで書いた話。みんなダイヤモンド好きだよね…私も大好き。あとツンとした子も大好き。ウェントリコススとお友達になれそう。

ダイヤモンドって思考が人間っぽいっていうか、共感できるから好きになっちゃうのかもしれないね、なんて。

イエローおにいさまの口調が全然わからないんですけど、困ってます。ダイヤモンド属好きです。また3人絡ませたいです。

ああ、そうです、靴。あれってデザイン皆同じと見せかけて違うんですよね。フォスとルチルとシンシャは違う。ボルツもヒールの高さが違う気がしてそういう設定にしたんですが、よく見ると同じ…?ローファーみたい。まあそういうことにしておいてください…

(pixivに掲載したものを加筆修正しました)

Jewelry Box

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