Telescopio

ミリーナ(ゲフィオン)とカーリャ(ネヴァン)の過去捏造です。捏造大丈夫な方向け。女の子大好きな人が書いているのを理解できる方向け。


「なにを見ているの?」

 突然声をかけられても、カーリャは全く驚かなかった。気配を感じていたのもあるし、何よりマスターが傍にいれば、姿を見ずとも何となくわかるものなのだ。

 夜空を眺めるには最適な時間。けれど、一人で中庭に出るには遅い時間だった。腰を下ろしていた階段の石がぬるく感じるあたりから推測すれば、もう日付が変わった頃だろう。そうなると、だいぶここにいたことになる。

 さすがに不用心だったと思う。研究所内とはいえ、今のカーリャは丸腰なうえに薄着だし、心配したミリーナがカーリャを探しにやってきそうなことくらい、昔なら容易に想像できたはずなのに。

「別に怒ってないのよ。心配はしたけどね」

 ミリーナはカーリャのすぐ側にランタンを置いて、空いた両手で持っていた布を広げた。

「あ……ありがとうございます」

「どういたしまして」

 当たり前のように肩にかけられたショールを手で押えながら、カーリャは隣に座る彼女を見た。風邪をひくわ、と微笑む彼女は、言った通り怒っていなかったし、石鹸の香りを纏い、似たようなショールを羽織っていた。

 研究室に籠りがちのミリーナだが、今日は部屋に戻ってシャワーを浴びたようだった。研究が一区切りついたのかもしれない。

「すごい星ね。これを見ていたの?」

「カーテンの隙間から見えたので、つい」

「綺麗ね。手を伸ばせば届きそう。ちょうどいい位置にオリオン座が見えるわ」

「はい。ミリーナ様に教わった最初の星座です」

 セールンドから見る空は、オーデンセで見たものとは若干異なっていたけれど、地面の向こう側にいるわけではないので、見える空自体は変わらなかった。

 あの頃より少しだけ空が近い。飛んでいけば星に届くかもしれないと思っていた頃が懐かしく思える。

「ミリーナ様は、覚えていますか?」

 どんなに手を伸ばしても、羽根を羽ばたかせても、届かないくらい遠いところに星はある。

 今日みたいに冷えた夜、両手に息を吹きかけながら、ミリーナが教えてくれた。遠い記憶の他愛のない話だから、彼女は覚えていないかもしれない。

「ええ。覚えているわ」

 少しの空白の後、ミリーナは小さく返事をした。吐いた息があの時と同じように白くて、儚く消えていく。

「カーリャがまだ小さくて、私が鏡士見習いだった頃ね。あれから新しい星座は覚えた?」

「いいえ。私はあれと、北を示す星しか知りません。星は幾億と存在し、現在も生まれ続けていると聞きました。途方もない話です。天文学者の懐に入ることになれば、私の知識では心許ないですね」

 カーリャは謙遜でもなんでもない事実を告げる。ミリーナを守る立場として、一通り教養と武術は修めている。あとは任務に役立ちそうなものを、その度に選んで知識を得る方が効率が良かった。

 近年は特に、きな臭い話を耳にすることが増えたし、情勢を正確に把握するのが難しくなった。正しい情報は何よりも貴重で、時には危険をともなう。

 もちろん王立軍にも諜報部隊は存在している。ただ、その情報が研究所まで降りてくるとは限らないし、歪んで伝えられることもないとは言いきれず、ミリーナが独自に動くことが多くなっていた。ともなれば、カーリャも動くのが当然で、それは諜報活動の真似事に過ぎないが、真似事でも彼女の役に立てるなら本望だった。

 先程のカーリャの話が気になったのか、ミリーナはカーリャに詰め寄った。

「その話は初耳だわ。私に報告していないことでもあるのかしら。あるなら今ここで聞かせてちょうだい」

「いいえ。何も。可能性の話ですが、今後ないとも言いきれません。備えあれば憂いなし、と言いますしーーご存知かもしれませんが、星に関する本は、図書館にはあまりないんです。魔鏡科学には関係ありませんから」

 だからまたあの時のように教えて欲しい、と期待を込めてカーリャはミリーナを見る。

 聡い彼女なら、言葉の真意は伝わったはずだ。

 聡いからこそ、先の先を読まれることもわかっていた。

「その時はーーそうね。流れ星を探しに行こうと誘うのはどう? 隣に座って一緒に夜空を眺めるの。きっとロマンチックよ」

「そう、ですか?」

「今の私とカーリャみたいにね」

 予想外の答えにカーリャの口からぎこちない声が出た。はぐらかされたことに文句を言う隙は与えられなかった。ミリーナが小さくくしゃみをして、さらに距離を詰めてきたから。触れた二の腕からじわりと体温が伝わってくる。少し冷たいように感じて、自分の気遣いのなさに幻滅しそうになった。

「すみません! 今すぐ部屋に戻りましょう。ただでさえミリーナ様はいつも、」

「大げさね。大丈夫よ。もう少しだけ。ね? こうしてると暖かいから」

「本当に、ご無理はしてないんですね?」

「もうカーリャったら。私は楽しんでいるの。星空観賞なんて、昔読んだ雑誌に載っていたデートみたいでしょ」

 くすくすと少女のように笑うミリーナを見て、ようやく意図を理解した。隣に座って一緒に空を眺めるのはロマンチックだと、彼女は言った。まさに今がその状況だった。

「その、デート、ではこういうことをするんですか」

「それは人それぞれね。カーリャは、ロマンチックなことは好き?」

「どうでしょう。私には無縁すぎてよく分かりません。ミリーナ様はお好き、でしたよね。ならきっと、とても素敵なことなんでしょう」

「カーリャは昔から、私のことを買いかぶりすぎよ。でも、ありがとう。願いごと、考えておいてね」

 楽しそうに彼女が言う。緩く巻き付けられた腕にきゅっと力がこもって、肌は布越しでも柔らかくて、洗いたての髪からは揃いの香りがした。冷えきった外にいるのに、ここだけが暖かい。とても不思議な感覚だった。

「どんな願いでもいいんですか」

「もちろん。でも、一つだけよ。本当に大切な願いごとを一つだけ」

「わかりました」

 願いごとはずっと前から決まっているので、考える時間は必要なかった。

 これからも変わることはない願い。

 幼子のようで、何となく口にするのを躊躇ってしまうーーでもたった一つの願い。
「決まったら教えてね。どっちが早く流れ星を見つけられるか、競争しましょう」
「望むところです」

 そう答えつつ、願いごとが決まっても、カーリャは空を見上げることができなかった。月明かりがない夜に、流れ星を見つけることは容易なことだと知っている。

 彼女とこうしている時間がまだ終わって欲しくなくて。

 ミリーナが痺れを切らすまで、考えているふりをして、揺れるランタンの火を暫く眺めていた。


ベランダから夜空を眺めていたら、ちょうどオリオン座が見えたので、星空観賞をする話を書こうと思いました。そしたら偶然、オリオン座流星群が見えるということで、とても旬な内容に仕上がりました。

晩秋の夜は冷えますが、夜空がとても綺麗で、無駄にベランダでぼーっとしてしまいます。

ちょっと前にお月見ネタを書いた気がしますね。自分が好きなことをついやらせてしまう…罪深いオタクなのです。書きやすいですしね…

空の向こうに虚無が広がるティル・ナ・ノーグで星空は見えるのだろうか、という疑問はひとまずしまっておいて。

今回も捏造満載でお送りしました。

カーリャの願いごとは敢えて書きませんでしたが、鏡精の願いといえば何となくわかっていただけるのではないかと。ご想像にお任せします。

二人の話を書くのは、4部配信前はこれが最後かなと思います。書きかけはたくさんありますが、4部で色々ありそうな予感…個人的には、この二人について情報開示があると非常にありがたいし、嬉しいし、もっと理想を追い求めることができる気がします。

タイトルの「Telescopio」はイタリア語で「望遠鏡」です。


(ひっそりとこちらのサイトのみの掲載です)


Jewelry Box

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